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淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)と聞いてピンとこなくても、ドラマ「トンイ」の主人公と聞けば「あー分かった!」という方も多いのでは?

今回は、朝鮮王朝時代の3大悪女のうち張禧嬪(チャン・ヒビン)とのバチバチ側室対決が行われたであろう、淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)を番外編として取り上げます。

チャン・ヒビン同様、スクピン・チェシを映像化した・・・と言うかチャン・ヒビンを扱った映画、ドラマには必ずスクピン・チェシは登場するんですけどね(´゚∀゚`)

史実に基づいたスクピン・チェシと私たちがドラマ等で知っているスクピン・チェシの違いなど比較しながら紹介していきますね。

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淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)とは?

淑嬪崔氏(スクピン・チェシ:1670年生~1718年没)は、李氏朝鮮の第19代国王・粛宗(スクチョン)の側室で、第21代国王・英祖(ヨンジョ)の生母です。

スクピン・チェシに関する資料はあまり残っていないので、諸説が分かれている話もありますので主に伝えられている内容で書きますね。

下級役人の崔孝元(チェ・ヒョウォン)の娘として生まれますが、姓は崔(チェ)と分かっていますが名前の方は不明です。

父親を3歳で母親を5歳で亡くし露頭に迷って乞食生活をしていましたが、たまたま通りかかった仁顕王后の父親の目に止まり、仁顕王后の母親が哀れに思いそのまま屋敷に連れ帰ったということです。

その後、7歳で宮中に女官として入ったことになっていますが、経緯は仁顕王后が嫁ぐ際にお付きの女官として入ったとか、宮廷に入官しのムスリ(雑事を担当する下女)をしていたとか諸説がありますが、実際には針房(チムバン)に所属していた宮女というのが有力な説です。

そして針房(チムバン)から仁顕王后きの内人(尚宮ではない女官の総称)になったということらしいです、いずれにせよ仁顕王后とは縁のある女性だったことには違いないようです。

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女官から国王・スクチョンの側室へ

チャン・ヒビンの策略によって廃位に降格、宮廷を追い出された仁顕王后でしたが、1692年4月22日仁顕王后の誕生日(4月23日)の前日に、仁顕元王后の誕生日を祝うために熱心にお祈りしているスクピン・チェシを、夜の散歩をしていたスクチョンが見かけ「何を祈っているのか?」との問いに正直に告白したことでスクチョンに気に入られ側室になったようです。

側室となったスクピン・チェシは後日、承恩尚宮(スンウンサングン)となり、1693年4月には従4品”淑媛”(スグォン)に 同年10月6日に最初の息子・永壽(ヨンス)王子を出産しましたが2ヶ月後に亡くしています。

1694年4月12日に仁顕王后が復位し、同年6月2日に”淑儀”(スグィ:従2品の地位)に昇格します。

1694年9月13日王子・昑(クム:のちの名前は延礽君:ヨニングン)を出産、この王子が将来の第21代王・英祖(ヨンジョ)になります。

1695年6月8日 ”貴人”(クィイン:従一品の地位)になり、1698年7月7日にも王子を出産しますがわずか3日で亡くなります。

1699年6月13日に、前年に復位した第6代朝鮮王・端宗(タンジョン)の祝賀して淑嬪(スクビン:正1品の地位)となり、淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)と呼ばれることになります。

※ドラマ「トンイ」の主人公として有名なスクピン・チェシですが、「トンイ」という名前はドラマでつけられた名前であって実際には「トンイ」という名前は史実に出てきません。

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王妃になれなかった淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)

1701年8月14日仁顕王后が病死し、その後10月10日にチャン・ヒビンが賜死になりましたよね。

そして次の王妃候補は、次期王の第2候補の息子を産んだスクピン・チェシが王妃候補の序列1位になるのですが、その前10月7日に国王・スクチョンが、嬪御(ビノ:側室の一番上の位)は后妃(フビ:王妃のこと)に昇格は禁止するとの法を定めたのです。

スクチョンもチャン・ヒビンが王妃になった時に、周囲からの圧力や反発、チャン・ヒビンの横柄な態度等で疲れたんですかね? 「あんな思いはもう嫌だ!」という気持ちだったのでしょうか?

しかしチャン・ヒビンに死罪を命じたスクチョンはチャン・ヒビンには立派な葬儀を行っていますし、チャン・ヒビンの息子の次期王第1候補は外していませんからスクチョンが一番愛した女性はやはりチャン・ヒビンだったのでは?と思ってしまいます。

そういうことで、スクピン・チェシが王妃になれずにスクチョンは3人目となる王妃を迎えます。(仁顕王后は2人目の王妃だったんですね)

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淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)の晩年

チャン・ヒビンが亡くなり3人目の王妃を迎えたスクチョンはスクピン・チェシから離れていきます。(やはり、チャン・ヒビンを死罪にしたことを後悔していたんですかね・・チャン・ヒビンを死罪に追い込んだのはスクピン・チェシですからね)

そしてはスクピン・チェシは1701年10月から1704年4月の間(次期不明)に宮廷を出てスクピン・チェシの私邸である梨峴宮(イヒョングン)に移り住みます。

梨峴宮は元は綾原大君(仁祖の弟)の屋敷でしたがスクピン・チェシが”淑儀”の時に与えられた私邸で、その後、梨峴宮は淑嬪房(スクビンバン)と呼ばれるようになります。

1711年6月22日に国王・スクチョンはスクピン・チェシを淑嬪房から息子の延礽君(ヨニングン)の屋敷へ移り母子で暮らすよう命じます。

スクピン・チェシは結構長い期間”淑嬪房”で1人暮らしをしていたんですね。

この間のスクピン・チェシの生活ぶりを想像すると、私までうら寂しい気持ちになります。

スクピン・チェシはチャン・ヒビンに随分といじめられ続けたそうですが、この頃にはチャン・ヒビンの呪いの儀式を国王・スクチョンに密告したことを後悔していたんでしょうか?

それとも、仁顕王后をとても慕っていたので後悔はしなかったのでしょうか? いずれにせよ、こんなに寂しい生活を強いられるなんて思ってもいなかったことでしょう。

1716年くらいになると病に伏せる日が続くようになりますが、国王・スクチョンと王妃が体調を心配している事を知っていたので、体調が良い日は宮廷で国王・スクチョンと王妃に面会をしに行くこともあったようです。

1718年3月に息子の延礽君(ヨニングン)の屋敷で49歳の若さで亡くなることになりますが、当時の死亡平気年齢は何歳くらいだったんでしょうね?

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淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)の出ているドラマと女優達

初めにも触れましたが、淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)と張禧嬪(チャン・ヒビン)は切っても切れない関係ですから、チャン・ヒビンが出ているドラマには必ずセットでスクピン・チェシも登場します。

ドラマによってはいい人になったり、根性悪になったりしますね。これはチャン・ヒビンの役柄によって相反する立場で描かれているからそうなりますよね。

【 ドラマ 】

1988年 「朝鮮王朝五百年-仁顕王后」(配役:キョン・ミリ)

1995年 「妖婦-張禧嬪」(配役:ナム・ジュヒ)

1998年 「大王の道」(配役:キム・ヨンエ)

2003年 「張禧嬪-チャン・ヒビン-」(配役:パク・イェジン) →パク・イェジンはドラマ「善徳女王」でイ・ヨウォンが演じたトンマン王女の双子の姉のチョンミョン王女を演じました。

線の細い儚げな印象の女優パク・イェジンとキム・ヘス演じる張禧嬪(チャン・ヒビン)の演技対決は見る機会があれば是非見たい作品です。

2010年 「トンイ」(配役:ハン・ヒョジュ) →ハン・ヒョジュの爽やかなイメージでスクピン・チェシは利発で活発、それでいて慈しみの心をもつ女性に描かれ平均視聴率23.0%の大ヒットになりました、私もこの作品は好きです。

2013年 「チャン・オクチョン-張禧嬪-」(配役:ハン・スンヨン(KARA)) →KARAのハン・スンヨンはカワイイ顔をしながら小悪魔的な魅力でこれ見よがしに国王・スクチョンを誘惑し、キム・テヒ演じるチャン・ヒビンを嫉妬させ最期は死罪に追い込むムカつく女性でしたね。

2016年 「テバク〜運命の瞬間(とき)〜」(配役:ユン・ジンソ) →ドラマの内容が「もしも、スクピン・チェシが産んだ最初の息子・永壽(ヨンス)王子は2ヶ月で死んだとされているが、実は隠密に育てられていたとしたら・・・」という完全なフィクションです。

ファンタジー時代劇が好きでない私ですが、主演がチャン・グンソクだから見ちゃいました♪

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まとめ

歴女ではない私も韓国ドラマを見るようになり、時代劇での年代別の王や国の名前の変化等に興味を持つようになりました。

その中でも一番気になったのが「朝鮮王朝時代の3大悪女」と呼ばれた女性達のことです。

どんな悪行をしたら後世にまで名を残すことになったのか? 末路はどうだったのか?などが知りたくなりました。

今回の”淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)”は「3大悪女」ではありませんが「3大悪女と同じ時期に生きた女性」でしたが、皆さんはどのような感想をお持ちになりましたでしょうか?

「トンイ」のイメージで考えていた女性像とは少し違ったようですね。

張禧嬪(チャン・ヒビン)との女同士の対決は火花を散らして勝ったように見えましたが、晩年も寂しい人生を送ったようですし善人だったのか? 悪人だったのか? 謎に包まれた女性ですね。

ただ、520年の朝鮮王朝の歴史上で王位に就いた国王27人の中で一番長く、52年間も王位の座についた第21代国王・英祖の生母として脚光を浴びたのは事実ですが、その割には史実上に残されている記録が少ない女性です。

淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)にとって唯一の幸せは、3人産んだ息子の中で1人だけ生き残ってくれた息子が長期王座に君臨したことでしょう。

今回色々と歴史上の人物名もたくさん出てきましたので、今後のドラマ鑑賞に役立てたいと思います。

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